2013年10月07日

Polestar E.C.1 Lesson 6

ダイヤモンドの暗い側面
長い間、ダイヤモンドは婚約指輪や高価な宝飾品として人気がある。
しかし、ここに見られるように、ダイヤモンドには隠れた暗い側面もある。
1
 あなたはシエラレオネを知っているだろうか?
それはアフリカの西海岸にある国である。
大きさは約70,000平方キロメートルに及び、(それは)北海道より少し小さい。
2008年の人口は600万人程度であった。
それは、アフリカで最も貧しい国の一つである。
人々の約60%が1日わずか1ドルで生活している。
2008年には、国の平均寿命はわずか42歳だった ― それは世界で最も低いものの一つである。
国の問題に対する主な理由は、1991年から2002年まで続いた戦争である。
それは、政府が反乱軍に対して戦った。
これらの反逆者たちは、自分たちの武器の支払いに、シエラレオネの鉱山から来たダイヤモンドを使った。
富の象徴であるダイヤモンドが、シエラレオネの人々に貧困と不幸をもたらしたとは皮肉である。
2
 戦争のための支払いに使われるダイヤモンドは、「紛争ダイヤモンド」または「血のダイヤモンド」として知られている。
実際に、ブラッドダイヤモンドというタイトルの映画がある。
それは、1990年代のシエラレオネに舞台が設定されている。
実生活では、映画のように、反乱軍は、自分たちのために、地元の人々を鉱山で強制的に働かせた。
彼らは手伝うことを拒否した人々にとても残酷だった。
七万人が命を失い、二万人が国を離れなければならなかった。
 戦争で最も苦しんだのは子供だった。
彼らの多くは、両親や家を失った。
さらにひどいことには、多く(の子供)が反乱軍によって誘拐された。
これは10〜16歳の間の5,000人以上の子供たちに起こったと言われている。
彼らは皆、反乱軍に手を貸すことを強いられた。
例えば、鉱山に送られたものもいた。
兵士として戦わされたものもいた。
このような少年兵の多くは、罪の意識を感じることなく、残酷な行為ができるように、麻薬を与えられた。
3
 1998年まで、世界はシエラレオネのような国の紛争ダイヤモンドに対して何の行動も起こさなかった。
その年に、国連が初めてその問題を取り上げた。
その後、2000年に、多くの政府の役人が、キンバリーの南アフリカに集合した。
彼らの目的は、紛争ダイヤモンドの販売を阻止する方法を検討することだった。
これは長期間に渡る一連の議論の始まりだった。
ついに、2002年、国連は彼らの計画、「キンバリー•プロセス」を採択した。
この新しいシステムでは、政府は新たな義務を負った、すなわち、彼らは、紛争ダイヤモンドが世界市場に入ってくることを阻止しなければならなかったのである。
 2009年の12月までに、75カ国が「キンバリー•プロセス」に加わった。
1990年代半ば、市場のダイヤモンドのおよそ15%が紛争ダイヤモンドだった。
それが今では1%以下である。
しかし、いまだに違法取引されているダイヤモンドもある。
完全に紛争ダイヤモンドを排除するには、もっと多くのことをする必要がある。
4
 シエラレオネでの戦争は、何年も前に終了したが、国は依然として多くの深刻な問題に苦しんでいる。
貧困はまだ一般的であり、そこに住む多くの人にとって、生活は非常に困難である。
 2009年に、日本のテレビ番組が、シエラレオネの13歳の少年を紹介した。
彼は小学校でトップクラスの生徒の一人だった。
しかし、学費があまりにも高かったので、彼は中学校を中退した。
その後、少年はお金を稼ぐため、ダイヤモンド鉱山に行った。
彼は、6ヶ月以上もダイヤモンドを見つけようと熱心に働き続けた。
彼はたった一度だけ成功したが、ほんの数ドルを手にしたにすぎなかった。
 番組で、彼は過去のことだけは話さなかった。
少年が将来の夢を説明しているとき、(彼は)自分の国の副大統領になりたいと語っていた。
彼は、この国の子どもたちのために、生活を安全にしたかった。
彼は、子供たちに、自分のような生活を送ってほしくはなかった。
シエラレオネの子供たちにとって、平和はダイヤモンドよりもはるかに大切である。



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タグ:Polestar 和訳
posted by sakai shinji at 19:28 | Comment(0) | Polestar E.C.1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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