2013年11月23日

教科書の訳を載せる理由

教科書の英文の訳出は、本来なら自分でやるべきことでしょうが、訳に掛かる時間を少しでも軽減し、
その分空いた時間で少しでも教科書を深めてほしいという管理人の思いがありました。
大学入試は教科書程度で十分です。東大といえども。
それも英語2までで十分。リーディングは余裕のある人だけ読めばいい。
嘘だと思いますか。
ならば、あなたは教科書の英文がスラスラ読めますか。
読みながら、意味と同時に文法的背景が頭に描けますか。
単語の1つ1つの文中における機能が説明できますか。
教科書の和訳から英文が書けますか。
それも無理して覚えたのではなく、普通に頭に入っていて、自然と出てくる感じ。
こうなれば入試など軽いものです。満点を取る必要などないのですから。
あなたは、受験バブルに踊らされ、塾や参考書、
将又、高校の因習的課外に貴重な時間とお金をつぎ込みますか。
もうそろそろ気づいてもいい頃です。
試しに英語1、2の教科書を自分が理解できるスピードで、トータル200回音読してみたらいい。
1日15〜20分で1年もあれば達成できるでしょう。
200回達成できたら次は500回を目指すのもいい。
100回ごとに新たな気付きがあることでしょう。
これが勉強の楽しみ方というものです。



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posted by sakai shinji at 07:13 | Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月09日

Crown E.C.1 Lesson 10

 ちょっといいやつ、チャーリー・ブラウン
最初の漫画『ピーナッツ』は、60年以上前に世に現れた。
漫画家である、チャールズ・M・シュルツ氏は、2000年に亡くなったが、生前の漫画が出版され続けている。
毎年、新しい読者がピーナッツの登場人物を発見している。
1
 チャーリー・ブラウン。ルーシー。ライナス。スヌーピー。
彼らは半世紀以上もの間,雑誌や新聞に登場している。
彼らには世界中にとても多くのファンがいる。
隣の子供の名前すら知らない人でも、その、勝てると信じてやまない小さな「失敗者」、いつも他人に忠告ばかりしている小さな少女、いつもお守りの毛布を携帯している小さな少年、そして、彼らの中で最もよく知られている、自分は戦闘機のパイロットか偉大な作家であると思っているビーグル犬、のことはよく知っている。
彼らはピーナッツ漫画の主な主人公である。
 なぜその漫画はそれほど人気があるのだろうか。
なぜピーナッツは世界中の人々の心を虜にしているのだろうか。
 これらの質問の答えが見つかるかどうか、漫画『ピーナッツ』を少し見てみよう。
2
 今日は父の日で、バイオレットが自分の父親について話している。
彼女は、チャーリー・ブラウンに、自分の父親はあなたの父親より金持ちで、スポーツが得意であると言う。
チャーリー・ブラウンには、ほとんど言うことがない。
彼は、ただバイオレットに自分の父親の床屋へ一緒に来てくれるよう頼む。
彼は、彼女に、自分の父親はどんなに忙しかろうと、いつも自分に向って微笑んでくれる、なぜなら彼は自分を好きだからだと言う。
バイオレットには、もう何も言うことがない。
彼女は、ただ立ち去ってしまう。
彼女の父親の資産と運動能力は、一人の父親の息子に対する純粋な愛とは比べられない。
 『ピーナッツ』の多くのエピソードが、そのような家族生活の心温まる側面に焦点を当てている。
『ピーナッツ』を描いた漫画家、チャールズ・M・シュルツ氏は、自分の幼年時代の人々や出来事を漫画にしている。
そして、そのことが、漫画『ピーナッツ』が、世界中の人々にこれほど人気がある、理由の一つなのかもしれない。
3
 この漫画で、ホームチームがフットボールの試合に勝ったので、ライナスが興奮している場面がある。
チャーリー・ブラウンは静かにそれを聞き、それからライナスに素朴な質問をする:「相手のチームはどんな気分だろう。」
 チャーリー・ブラウン自身が、失敗を経験しているので、うまくいかない他人の気持ちが理解できのだ。
彼は、私たちに他人について考えさせる。
 多くの点で、チャーリー・ブラウンは敗者である。
彼は、それほど優秀な生徒ではないし、スポーツも得意ではない。
クラスの可愛い女の子は、彼に目もくれない。
富と権力がとても重要な世界では、チャーリー・ブラウンは敗者である。
 しかし、チャーリー・ブラウンは、決して真に負けてはいない。
彼は、決して自分を憐れまない。
彼は、いつも、よりよい明日を願い、挑戦し続ける。
おそらく、真の勝者を作るのは、こういう資質だろう。
4
 『ピーナッツ』漫画の面白さは、普通のものとは違う。
大笑いするというより、微笑むことが多い。
しかし、それらはなんとなく私たちの気分をよくしてくれる。
私たちはチャーリー・ブラウン、ライナス、スヌーピーそしてその他すべてのピーナッツの登場人物を、明日再び新聞で見たいものだ。
もし彼らがそこにいないなら、私たちは去って行った友がいなくて寂しいように、彼らがいなくて寂しいだろう。
それは友がいつも私たちを笑わせてくれるからではなくて、いつも私たちの気分をよくしてくれるからである。
 チャールズ・M・シュルツは、人生における真の成功は、お金や名声や権力の問題ではないということを示唆しているようだ。
むしろ、それは希望や、勇気や、他人に対する尊敬の気持ち、そして何よりユーモアのセンスによって定義される。
彼はかつてこう言った、「もし私に、次の世代の人々へ贈り物をする機会が与えられるなら、それは一人一人が自分自身を笑えるようになる技量でしょう。」 と。
5
 50年近くもの間、チャールズ・M・シュルツは,くる日もくる日も一回に一つのエピソードを描いた。
しかしながら、1999年の後半、チャールズ・M・シュルツは自分が癌を患っていて、もう続けられないことを知った。
彼は読者にさよならを言うために、別れの漫画を描き、それはおよそ6週間後に世に現れた。
もし彼がもう1日長く生きられたら、彼は印刷されたそれを見ただろうに。
悲しいことに、彼はその漫画が世に現れる前日に亡くなった。
 2000年、2月13日金曜日、世界中のピーナッツ愛読者が起床すると、ピーナッツの登場人物とその作者の両方が亡くなったことを知った。
私たちは彼らを友だちとして思うようになっていたが、彼らはもういない。
チャールズ・M・シュルツとピーナッツはその独特なユーモアと、やり続けなさいというやさしい励ましとで、私たちがこの困難な世界に立ち向かう手助けをしてくれた。
 新しい漫画ピーナッツは出ないだろうが、前のものが今後何年も読まれるだろう。
それらは、真の成功とは、他人に対する思いやり、小さな親切、そして大きな困難に直面したときでさえ希望を持つ勇気のなかにあることを、私たちに思い出させ続けるだろう。

 ピーナッツの登場人物
 「私は、チャーリー・ブラウンを、たいていの人が、時々少し彼のような気分になることを認める、普通の人間であると考えるのが好きです。
彼の性格には、自分にもあてはまるものが多くあります。
私が幼いときに、私はごく普通の顔をしていると確信していたので、だれかが私を見つけると、驚きました。
それは、チャーリー・ブラウンの丸くて、普通の顔を思わせるものでした。
もう何年も経つのに、彼は私にとって描くのが最も難しいキャラクターのままです。
それは彼の頭の丸みのせいだと思うのですが。」
 「ライナスは、彼一人でひと続きの漫画になるほど個性的です。
彼の最も大きい弱点は、もちろん毛布です。
しかし、彼はとても利口です。
聖書を引用したいか、また何か深遠なことを言いたいなら、それは一番ライナスを通して言わせます。
しかし、彼はとても知的です。
ライナスの問題は、支配的な姉と、もっと一生懸命勉強するように昼食にメモを入れる母親の言いなりになっているということです。
チャーリー・ブラウンが言うように、「彼がその毛布を引きずるのは、不思議ではありません。」
私は、ライナスの漫画を描くことが好きです。
彼はすてきなキャラクターです。」
 「さて、とても意地悪なルーシーですが。 
彼女は最初から意地悪です、なぜならそれが面白いからで、それがまさに標準的なコマ割り漫画のパターンだからです。
彼女たちが、一般的に強いと考えられている人々を支配するとき、世界中の弱いと考えられている人々は楽しいです。
少女にとって、意地悪な少年には、何の面白みもありません。
それは絶対に面白くありません。
しかし、少年に意地悪でいられる少女には、何か面白みを感じます。」
 「サリーはチャーリー・ブラウンの妹です。
彼女が生まれたとき、彼はとても喜んで、チョコレートの葉巻を配りました。
彼女はライナスの心を決して勝ち取らないかもしれませんが、兄を意のままに操ります。
サリーは、憤りをよく表すキャラクターです。
彼女は、学校で経験しなければならないすべてのことにまったく困惑していて、とてもあけっぴろげな性格なので、多くの人に気に入られています。」

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タグ:crown 和訳
posted by sakai shinji at 06:51 | Comment(0) | Crown E.C.1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月01日

Crown E.C.1 Lesson 9

 我々は我々自身の理解を超えた世界を創造した。―ダニエル・ヒリス
 丸太を漕ぐ?
ほぼすべての人が、インターナルは私たちが情報を収集するのに役立つということに同意する。
しかし、私たちはもはや、深く考え長い時間注意を集中させることができなくなるかもしれないと危惧する人々もいる。
1
 2008年、作家のニコラス・カールは「グーグルは私たちを愚かにしているか?」という評論を書いた。
彼はインターネットが私たちの思考方法を変えていると言う。
 「最近、アメリカのある学校は、図書館の本はコンピュータに置き代わるだろう発表した。
学校は、本の中の文字は、それらが紙面に現れようが、コンピュータの画面に現れようが、同じであると考えている。
しかし、コンピュータ上で読むことは、本で読むこととは大きく異なる。
本は私たちを注意散漫な状態から注意を集中させる。
コンピュータは私たちを注意散漫な状態から守るのではなく、それらを助長する。」
 「私は、Webを使用し始めてから、 私自身の読書や思考が大きく変わった。
私は現在、ラインで私の読書のほとんどを行い、私の脳は結果として変わってしまった。
私は長い間、注意を集中することが前よりできなくなった。
インターネットを使用することで、我々は少なくとも得ているものと同じくらいのものを失っている。」
2
 ケンブリッジ大学の心理学者である、サイモン•バロン•コーエンは、インターネットは、より重要な活動から、私たちの注意をそらすという点で、カールと同意見である。
 「私は毎年、約18,250の電子メールメッセージ(1日におよそ50)を送信することを知って驚いた。
1つのメッセージには3分かかり、それは私が電子メールだけで、年間約1,000時間を使うことを意味する。
その時間は有効に使われたのだろうか?」
 「答えはyesとnoの両方だ。
Yesは、家族や友人と連絡を取り合うことができたし、世界中の都市にあるチームとともにプロジェクトを完了できたことだ。
しかし、これらが電子メールの良い点であるのに対し、悪い点もある。
 私たちは皆、電子メールは中毒性のものであることを知っている。
メッセージが来るたびに、それは、興奮する、新しい、そして特別な何かをもたらすかもしれない機会がある。
しかし、おそらく100通のうち1通が、私が本当に知りたい内容だ。
おそらくそれは、私が今年、電子メールに費やした1,000時間のうちの10時間しか価値がないことを意味する。
 あまりにも多くの電子メールメッセージは、現実の作業を妨げる。
私たちは、電子メールが私たちに及ぼす影響を認識し、より価値のある活動をする代わりに、電子メールにそんなに多くの時間を本当に使いたいのかどうか、決めるべきである。
3
 歴史学者である、ジョージ•ダイソンは、インターネットが私たちの考え方を変えたことには同意しているが、それはいつも悪いとは限らないと考えている。
 太平洋北西部では、ボートを作る方法が2つあった。
アレウト族はカヤックを作ったものだった。
彼らは木のない島々に住んでいた。
彼らはボートを作るために、海岸から木片を拾ってきた。
トリンギット族は、カヌーを作ったものだった。
彼らは、木のすべてを使って、ボートを作った、つまり、彼らは木の中身を削り出し、カヌーだけが残るようにしたのである。
 アレウト族とトリンギット族は、正反対の方法でよく似た結果に至った。
インターネットにおける情報の洪水は、同じ様な分裂を産み出している。
昔、私たちはカヤックの職人で、情報を集めながら、ボートを作っていた。
今や、私たちは、丸太の内部にボートが現れるよう、不必要な情報を捨て、カヌー職人になるようにならねばならない。
 私はかつてカヤック職人で、見つけた木は何でも集めていた。
私は、新しい技術を習得するのが好きでない。
しかし、私がこの技術を習得しなければ、カヌーではなく、丸太を漕ぐことになるだろう。
4
 ウィキペディアの創設者の一人であるラリー•サンガーは、インターネットは、私たちに注意を集中する能力を失わせる原因になりうることに同意したが、彼は、私たち一人一人は、考え方を制御する力を持っていると信じている。
あまりにも多くのウェブサイト、あまりにも多くのメッセージ、そしてあまりにも多くの事がインターネット上で起こっている。
 知るべきことがとても多く、私たちの多くは自分たちの時間を上手に使っていない。
私たちは気を取られ、深く考えられなくなっている。
私たちは失われ、ただ情報の洪水に流されているだけである。
 私たちがですか? ええ、私たちのなかにはそういう人もいる。
 インターネットは私からいかに時間を過ごすかという選択の自由を本当に奪っているでしょうか?
インターネットはそんなに強力ではない。
私たちはまだ自由意思、すなわち、集中し続け、考え、自分自身の思考に基づいて行動する能力を持っている。
本を読んで時間を過ごすしたいなら、私たちにはまだ選択の自由がある。
私たちは、インターネットを使用しない自由を持っている。
そして、私たちには、いかにそれを使うかを決定する自由がある。
私たちはインターネットに対して自分を制御することをあきらめるべきだろうか?
私たち自身の思考力を発達させ、注意深く私たち自身の注意を向ける方がよくはないだろうか?
その答えは、私が思うに、はっきりしている。
 あなたはどうだろうか?
インターネットの奴隷だろうか?
それとも、あなた自身の心の主人だろうか?

 もうインターネットの奴隷にならない。
 最近、私は、平均的なインターネット読者は、10秒かそれ以下しかウェブページにいないという記事を読んだ。
研究者は、ウェブページを横切る目の動きを追うカメラを使って、たいていの人は「F」形に読むことを発見した。
彼らは、最初の行を読み、ちょっと飛ばし読みし、少し拾い読みする。
研究者が、「ユーザはどのようにウェブを読み続けますか?」と、尋ねられると、彼は答えた。「彼らは読み続けません。」と。
 私は思った。「おや、それは私だ。私のウェブの読み方だ。」と。
 私は、集中力を失ったインターネットユーザの一人になっているだろうか。
私はコンピュータの奴隷なのか。
このことを心配すべきではないだろうか。
 そう、心配すべきであり、心配している。
それで、私はゆっくりした読書運動に参加した。
これは、喜びと発見のための読書芸術を学び直したい人々のグループである。
ゆっくり読む人はコンピュータの使用を制限し、音読したり、詩を暗唱したり、そして表面的な読書習慣をやめようとしている。
 私たち、ゆっくり読む人、は決めている、もうインターネットの奴隷にはならないと。
 ここに、私のゆっくりした読書の決意がある、すなわち、
 1.もうコンピュータに縛られない。
  1週間に1日は、それを消し、1日中消しておく。
 2. メールやSNSの奴隷にならない。
 3. 毎週、詩の10行を暗記する。
  暗記しようとすると、ゆっくり注意深く読むことになる。
 4. 速度を落とし、1つ1つの単語に集中しながら音読する。
  読んで聞かせる相手が見つからないなら、音声・ブックを試す。
  紙のページに沿って、聴き、合わせて読むことができる。
 どうですか。
私といっしょに、ゆっくりした読書運動に参加したいですか。
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タグ:crown 和訳
posted by sakai shinji at 08:44 | Comment(4) | Crown E.C.1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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