2014年05月31日

Crown E.C.2 Lesson 9

 私は幸運を固く信じている。そして、努力すればするほど、幸運を手に入れられるとわかっている。
― トーマス・ジェファーソン
 帰還への長い旅
 2003年、日本の科学者たちは、はやぶさを、3億キロメートル離れた小さな小惑星イトカワから、土のサンプルを持ち帰る任務へと送った。
これはほとんど不可能な任務だった。
1
 はやぶさプロジェクトは、野心に満ちていた。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、任務の非常に難しい目標を設定した。すなわち、イオンエンジンの開発と、自律的航行システムの開発、さらにイトカワから土壌サンプルを収集し、それらを持ち帰ることである。
イトカワのような小惑星は、我々の太陽系の起源まで遡るので、そのようなサンプルは、我々太陽系の起源の神秘を解くのに役立つだろう。 これは、宇宙探査の歴史で前例のないことだったであろう。
 宇宙探査用のイオンエンジンの開発は、最も重要な目標の1つだった。
大抵のロケットエンジンは、気体や液体を使う。
イオンエンジンは、電場を使う。 その力は、とても小さいので、1円玉しか持ち上げられない。
しかし、宇宙では、重力や空気抵抗が全くないため、僅かなエネルギーでも、強力なものになり得る。
2
 もう一つの目標は、自律的航行システムを開発することだった。
地球とイトカワの間、3億キロメートルを航行するのに、16分間の無線信号を要する。
非常時に、はやぶさは、指令を待つことができなかった。
それは、自身で状況を判断し、何をすべきか決めねばならなかった。
 他の2つの目標は、さらに困難だった。
イトカワは、長さ僅か535メーターの小さなピーナッツ形の小惑星である。
はやぶさは、秒速34キロメートルの速さで進んでいるので、宇宙にある1片の「ちり」に命中させるようなものだろう。
これは、日本から、ブラジルにある1ミリメートルの的に命中させるようなものだった。
科学者のひとりは、「はやぶさがこれらの目標を達成するなら、他の宇宙船が今まで成し得なかったことをしてしまうだろう。」と、述べた。
 イトカワに到達するのは難しかったが、着陸して、土壌サンプルを収集することはほとんど不可能だった。
着陸する最初の試みで、はやぶさは破損した。
1週間後、はやぶさは再び試みた。
今度は、はやぶさは、着陸し、サンプルを収集できた。
 はやぶさは帰路についたが、ほとんどすぐに燃料が漏れ始め、バッテリーは切れ始めた。
チームは、何とかこれらの問題を解決したが、数日後、状況はさらに悪くなった。
はやぶさとの通信が、すべて絶たれたのだった。
3
 明けても暮れても、チームはメッセージを送り続けた、「はやぶさ、応答を待っています。応答願います。」
しかし、それほど長い交信途絶の末に、コミュニケーションを再開できた宇宙船など、歴史上なかった。
 はやぶさは43日間、宇宙で行方不明になった。
ついにはやぶさは応答したが、大気圏再突入の一瞬の好機は既に過ぎていた。
はやぶさはもう3年、宇宙に留まらなければならなかった。 その後、新しい問題が発生した。
4台のエンジンすべてが停止したのだ。 はやぶさが地球に帰還するのは、ほとんど不可能だった。
しかしながら、チームは、どうにかエンジンを修理し、はやぶさを復活させるのに成功した。
 2010年6月、ひどく破損したはやぶさが、ついに地球に接近していた。
はやぶさは、カプセルをうまく投下すると、まもなく流星のように燃え尽きるだろう。
それは、およそ摂氏3,000度という、大気圏再突入時の熱に耐えられなかった。
はやぶさプロジェクトの責任者である、川口純一郎は、最後の指令を送った、「地球の写真を撮ってください。」
プロジェクトメンバーは皆、燃え尽きる直前のはやぶさから、地球はどう見えるのかを見たかった。
はやぶさは何度か写真を撮ろうと試みたが、失敗した。
ついに、まさに最期の瞬間、はやぶさは、この辞世の写真を撮った。
4
 土壌サンプルの入ったカプセルは、2010年6月13日、オーストラリアの砂漠に安全に落下した。
 川口は言う、「多くの人が、はやぶさプロジェクトは意欲的過ぎるし、あまりに多くのリスクがあると言った。」
私は、その通りだとわかっていたし、プロジェクトの成功は、多くの幸運の結果であることを認めなければならない。
しかし、我々は、高い目標を設定し、リスクを取る準備がいつもできていた。
遠くを見たければ、高い塔を建てなければならない。
 「必要な援助が得られれば、我々は、すぐに、はやぶさより20、30倍遠くまで飛ぶ、新しい宇宙船に取り組むだろう。」
 15世紀、そして16世紀に、マゼランのような人々が、金と香辛料を求めて、東洋への航海へ出発した。
川口は、我々は今まさに、新しい知識と資源を求めて、宇宙「探査の新時代」へ入りつつあると信じている。
 川口は次のように締めくくった。
「我々は、この新時代のリーダーになりたいと思う。
高い目標を設定することは、大きな困難に直面することを意味する。
我々は、強くなければならないし、良いチームワークを築かねばならない。
我々は、問題と失敗で落胆してはならない。
はやぶさが撮った地球の写真を見ると、はやぶさの声が聞こえるようだ。
『諦めるな。希望と自信を持って未来へ向かえ。』という。」

 スペース・デブリ(宇宙ゴミ)
 最初の宇宙船がロシアによって発射されて以来、50年以上がたつ。
それ以来、4千6百以上の発射で出たゴミが、重大な脅威をもたらしている。
地球の周りの軌道上にあるゴミの量の概算は、以下のとおりである。
 直径僅か1センチメートルの粒子が、時速3万6千キロメートルの速さであなたを直撃するかも知れない。
それは、時速100キロメートルで走る大型バイクに衝突されるようなものだろう。
 宇宙ゴミはスペースシャトルにとって深刻な問題だった。
飛散しているゴミが衝突すると、フロントガラスを100枚以上取り替えなければならなかった。
最近、さらに大きい物体が、国際宇宙ステーションの僅か350メーターというところまで接近した。
 問題は宇宙に限らない。
大抵のゴミは、大気圏突入の際、燃え尽きるが、場合によっては大きい破片が地上に達する。
1997年1月、アメリカ、オクラホマのある女性が、空にひとすじの光を見ると、何かが肩をかすったと感じた。
それは、1996年に発射されたロケットの一部だった。
彼女は、宇宙ゴミが打たったとして知られる唯一の人間だ。
幸運にも、彼女は無傷だった。
 今のところ、誰も宇宙ゴミで怪我をした人はいないが、その脅威はいつもそこにある。
2011年9月、NASAは、機能停止した衛星の断片が、地球のどこかに落ちるだろうと発表した。
NASAは、それらが、いつどこに落ちるかを、正確には予測できなかった。
誰かに当たる可能性は、3千2百分の1であると推定され、世界中の人々が怯えた。
幸い、ゴミは海に落下した。
誰も怪我をしなかった。
 3千2百分の1の可能性は、厄介に聞こえるが、たぶん心配する必要はない。
それらは、ゴミが人間に当たる可能性である。
我々人類は70億人以上いるので、ゴミがあなたに当たる確率は、22兆4千億分の1しかない。
それで、あなたはリラックスできる。
多分。



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2014年05月29日

Pro-vision E.C.1 Lesson 4

1
 私がこれまで知っているセラピードッグの中で、最も優秀な1頭についてお話ししたい。
 ある日私は、数人の子どもたちが古い廃屋で、雑種の捨て犬とその5 匹の仔犬の面倒を見ているのを見つけた。
彼らは、犬たちがごみ置き場の段ボール箱の中にいるのを見つけたのだ。
私が初めて母犬のチロリを見たとき、彼女はとても汚れており、後ろ脚は変形していた。
 私は犬たちが心配で、たびたび会いに行った。
しばらくして、仔犬の面倒を見てくれる人たちを見つけたが、誰もチロリを欲しがらなかった。
 突然チロリがいなくなった。
誰かが彼女を見つけて、地元の動物収容施設に連れて行ったのだろうか。
私は確認するために駆けつけた。
「急がなければ、殺されてしまうかもしれない。」と、私は思った。
 案の定、チロリは檻の隅に、他の数匹の犬といた。
彼女は私を見ると、鉄格子に飛びついた。
その目は必死に、「助けて。死にたくない。」と、言っていた。
私は、鉄格子越しに彼女をなでたとき、彼女を救わねばならないと悟った。
 私がチロリを外へ出すと、他の犬たちは悲しい叫び声を上げていた。
彼女は突然後ろを振り向き、座り込んだ。
私は、チロリが彼らを残していきたくないことを知っていた。
「ごめんよ。」と、私はさびしく言った。「今は、おまえしか助けられない。」
2
 その頃、私のセラピードッグ訓練センターに、雑種の犬はいなかった。
ある日、私はチロリが病気の犬に寄り添って歩いているのに気づいた。
彼女は彼を励ましているように見えた。
私は、チロリを訓練して、セラピードッグにできるだろうかと思った。
私は、やってみることにした。
 チロリは訓練がつらいものだと知った。
彼女の変形した脚が痛むらしく、彼女はときどき3本の脚だけで歩いた。
しかし、私が歩くのをやめるように言うまで、彼女は決してやめなかった。
 彼女はまた、杖を使う人のそばにいるのが嫌だった。
彼女はいつも恐怖で震えた。
過去に誰かが彼女を棒で叩いたからかもしれない。
彼女が、その恐怖を乗り越えられるよう、私は杖を私たちの間に置き、チロリと寝始めた。
2か月ほど経つと、彼女は杖をまったく恐れなくなった。
 チロリは素晴らしかった。
訓練は普通約2年かかるが、彼女はとても利口だったので、僅か6か月でそれを終えた。
3
 私がチロリを病院や高齢者養護ホームに連れて行くようになると、彼女は患者に魔法の効力をもたらした。
患者がチロリを見ると、その顔は明るくなり、笑みがこぼれた。
多くの人が、チロリをなでて話しかけると、徐々に生きる意志を取り戻した。
 東京の繁華街で働き者の料理人だった長谷川さんも、その一人だった。
彼は、年を経るにつれ脚が弱り、黙って車椅子に座っているだけだった。
チロリは数か月間彼を訪問し続けた。
長谷川さんはゆっくりとその犬(チロリ)に心を開き、話しかけ始めた。
 「立ってチロリと歩いてみてはどうですか。」と、私はある日提案した。
 彼は立とうとしたが、すぐに諦めた。
 「彼女の助けがあれば、きっとできますよ。」と、私は言った。
 チロリは長谷川さんをじっと見上げた。
長谷川さんは車椅子につかまり、腕に全力を込めた。
彼は唸り声を上げ、膝を震わせたが、徐々に足で立った。
それから彼は、チロリと一緒にゆっくり前進した。
彼女は辛抱強く彼のそばにいた。
長谷川さんはチロリを見下ろして言った。「チ・ロ・リ、ありが・とう!」と。
この90歳の男性の目に、涙が浮かんでいた。
4
 チロリの成功は、私に野良犬が優秀なセラピードッグになれると確信させた、それで、私たちは、ほかの犬の訓練を始めた。
毎年日本では、何万頭もの捨て犬が殺されている。
それらのすべてを救えるわけではないが、私たちが救う、それぞれの犬が、この悲しい状況を変える一助となることを願う。
 現在、かつて身勝手な人々に捨てられた、多くの犬が、セラピードッグとして献身的に人々を助けている。
私は、これらの犬は、患者の苦しみや悲しみがよくわかると思う。なぜなら、彼ら自身が人生でつらい経験をしたからだ。
 チロリは、10 年以上もセラピードッグとして働き、2006 年にその生涯を閉じた。
多くの人が、彼女が自分を助けてくれたことに感謝した。
私は、初めてチロリと出会ったときの、彼女の目を決して忘れないだろう。
彼女は必死で生きようとしていた。
彼女は、たとえ困難な状況にあろうとも、決して生きることを諦めてはいけないと、私に教えてくれた。
 私は、もはや犬がひどい扱いを受けたり殺されたりすることなく、セラピードッグがあらゆる所の病院、学校、家庭に、幸せと希望をもたらす世界を見たいと思う。

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2014年05月26日

Pro-vision E.C.1 Lesson 3

1
 「10人のうち9人はチョコレートが大好きだと言う。そして、10人目の人は嘘をついている。」と、ある有名なフランス人の食通は冗談混じりに言う。
多くの人はチョコレートがお菓子の王様であることに同意する。
疲れているとき、休憩が必要なとき、欲しいのは、そう、チョコレートだ。
あの豊かな味わい、繊細な食感、甘い香り…これらのすべてが、リラックスを助ける絶妙のハーモニーだ。
 チョコレートは、ボンボン、板チョコ、クッキーなど様々な形をとる。
チョコレートの主な原料はカカオ豆だ。
これらは西アフリカやラテンアメリカの、暑くて湿気の多い地域で、主に生産される。
カカオがチョコレートに、あの素晴らしい独特な味わいを与える。
 人は時にチョコレートと共に、メッセージを送る。「ありがとう」、「ごめんなさい」、あるいは、バレンタイン・デーには「愛している」とも。
チョコレート―人はそれを愛さずにはいられない。
しかし、人々がどのようにしてチョコレートを食べるようになったのか、考えたことがあるだろうか。
2
 チョコレートの歴史は、中央アメリカの古代文化に遡る。
当時のチョコレートは苦い飲み物だった。
それは、挽いたカカオ豆に、水、トウガラシ、トウモロコシの粉、その他の材料を混ぜ合わせて作られた。
マヤ族、そしてその後、アステカ族は、チョコレートを聖なる飲み物として考え、また薬としても用いた。
アステカ社会では、チョコレートは主に支配者層に飲まれた。
カカオは貴重な食べ物だったので、お金としても使われた。
 スペイン人が、16世紀にアメリカ大陸に来たとき、この「チョコレート飲料」に出会った。
初め、彼らはその苦い味が好きでなかった。
しかし、彼らは、その飲み物を砂糖で甘くすると、それを好むようになった。
この甘いチョコレートはヨーロッパに紹介されると、すぐに裕福な人々の間で人気になった。
 19世紀に、チョコレートは多くの変革を遂げた。
バン・ホーテンというオランダ人が、チョコレートを粉末にする方法を発見し、これがチョコレートをさらに飲みやすくした。
その後、英国のある会社が、板状の「食べるチョコレート」の製造に成功した。
この固いチョコレートが大量生産されると、一般人も口にするようになった。
3
 何世紀もの間、人々はチョコレートを愛してきた。
しかし、チョコレートは、別な、暗い側面を持つ。
16世紀以降、チョコレートは、ヨーロッパでますます人気になると、それを生産するため、さらに多くのカカオが必要になった。
スペインや他のヨーロッパ諸国は、ラテンアメリカにカカオのプランテーションを作り、地元の人々を労働力として使った。
また、彼らは、何十万ものアフリカ人を、労働奴隷として自分たちのプランテーションに連れてきた。
彼らは後に、アフリカにもカカオのプランテーションを作り、地元の人々にそこでの労働を強いた。
 今日でも、それらの地域には、問題が残るところもある。
特に深刻な問題は、プランテーションで働かなければならないため、学校へ通えない子どもたちのことだ。
あるカナダ人ジャーナリストは、かつて、こうした子どもたちと、通学途中でチョコレートを食べる北アメリカの子どもたちの、大きすぎる差を、レポートしたことがある。
プランテーションの子どもたちの多くは、これまでにチョコレートを食べたこともなければ、見たこともない。
4
 チョコレートの3000年の歴史には、多くの、よい、悪い、話がある。
これまで学んだように、それは今も暗い側面を持つ。
一方、チョコレートは、人々の生命をよりよくする可能性を持つ。
科学は、チョコレートが人間の健康にとって有益であることを示している。
 カカオは血圧やコレステロール値を下げ、がんの予防にさえ役立つ。
オーストラリアの小児病院では、喘息で苦しむ子どもたちの治療の一助にチョコレートが使われる。
カカオのある成分が、肺の気管をリラックスさせる。
 チョコレートが人間の健康にどう影響するかの研究は、始まったばかりだ。
将来、チョコレートからより多くの恩恵が期待される。
チョコレートは、お菓子の王様であるばかりではなくて、大きな可能性を持った食べ物でもある。
それは、何世紀もの間、世界を喜ばせてきた、そしてこれからも私たちに喜びをもたらし続けるだろう。

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posted by sakai shinji at 08:52 | Comment(0) | Pro-vision E.C.1 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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