2014年06月06日

Crown E.C.2 Lesson 10

 手紙は、人が残すことができる最も重要な記念の一つである。 ― ヨハン・ウォルフガング・フォン・ゲーテ
 祖父の手紙
 ある日、チャールズ・グラマルディは、亡くなった母マーガレットの遺品に目を通していると、「カカ」とサインされた絵手紙とはがきが入った、古いアルバムを見つけた。
これらの手紙は誰から来たのだろうか?
1
 チャールズ・グラマルディは、おじのテディに電話をかけた、そのおじもまた、カカからの手紙を持っていた。
グラマルディは、カカは彼の曾祖父のあだ名であることを知った。
彼のいとこもまた、カカからの手紙を持っていた。
まもなく、彼は、850通以上の手紙とはがきを見つけた。
世界で最も大きな絵手紙のコレクションである。
彼は、それを出版することにした。
イギリスのアン王女は、その本、「ポストの中の絵」の序文を書いた。
利益の一部は、国際的慈善団体「Save the Children」に寄付される。
 さらに8人の人が、グラマルディに連絡すると、彼らもまた、カカからの手紙を持っていると言った。
合計1200通の絵手紙とはがきが発見された。
 ここに、カカと彼が生きた時代、戦争、船旅、そしてイギリスと植民地のインドでの家庭生活、についての話がある。
2
 カカは、ヘンリー・ソーンヒルだった。
彼は、1854年に生まれ、インドにおける英国植民地事業において尊敬された陸軍将校だった。
彼には3人の子供、カッドバート、チャーリー、そしてマッジがいて、彼らはみな、インドで育った。
マッジは海軍士官と結婚し、1912年に、最初の息子、テディが生まれた。
赤ん坊のテディの「おじいちゃん」と言う試みが、ヘンリー・ソーンヒルにカカというあだ名をもたらした。
 カカは、自然を愛していて、インドの鳥と動物について豊富な知識を持っており、それを孫と共有したかった。
1914年、彼は、絵はがきをテディに送り始めた。その時テディは1歳半だった。
たくさんの動物の絵あり、主に野うさぎとハッチと呼ばれる象がいて、彼らがテディと冒険をする。
 1914年に第一次世界大戦が勃発するわずか数週間前に、ソーンヒル一家は、イギリスに戻った。
イギリスでは、戦争がすぐにカカとテディを切り離した、テディの父親が海軍へ送られる一方、カカはロンドンに残ったからだ。
カカは、テディに、動物や、スポーツ、そして発明品を特色とするはがきを送り続けた。
3
 1918年に戦争が終わると、テディは父親とインドに戻る一方、カカはイギリスに残った。
その頃、人々は、船で長距離を旅した、そして、家族は教育と仕事のために離れて暮らした。
家族は遠く離れていても、繋がっていたかった。
郵便物が船で目的地に着くまでには何週間もかかっただろうが、彼らは手紙を書いた。
 この時期から、カカの手紙は、テディと同様、孫娘のマーガレットとエリザベスにも送られた。
孫が5歳になると、カカは、その孫が読みを学べるよう、メッセージに、より長い文を入れ始め、大文字を使用した。
彼は、孫たちにインドの珍しい動物について書いたばかりでなくて、発明品や技術についても書いた。
電話、ラジオ、そして動力飛行機は1920年代の先端技術だった。
 テディは、10歳のとき、寄宿学校へ入るため、インドからイギリスへ送られたのを覚えていた。
彼は、大学へ進み、それから、植民地事業に加わり、海外に配置された。
カカには、孫に会う機会が殆どなかった。
それで、彼は、ヨーロッパとインドという離れた場所で生活する家族に手紙を書き続けた。
4
 テディとカカの最後の再会は1938年、スイスにおいてだった。
その時、テディは26歳だった。
この再会の後に、テディは、カカへ、カカがそれまでの人生で一番の親友であると手紙を書いた。
彼は、カカが人生を通してずっと、彼に示してくれたすべての愛と優しさに感謝の意を表した。
1939年に、第二次世界大戦が始まると、カカとテディのより一層の触れ合いは不可能となった。
カカは1942年、88歳で亡くなった。
 カカが手紙を書き始めてから、およそ100年が経っているが、それらは、世界中の老若の読者を引き付け続けている。
手紙は、私たちがどこにいようと、またどういう時代に生きようと、私たちが連絡を取り続けたいということを示す特別な努力が、とても大切であるということを、私たちに思い出させる。
私たちがeメール、携帯メール、およびSNSを通して、即座に友人や家族と連絡が取れるような時代では、連絡を取り続けるのは、当然のことのように思われる。
カカは技術に心を奪われ、海の向こうの家族と連絡を撮り続ける手段として、インターネットを楽しんだことだろう。
しかし、どれほどの電子メールが、後の世代に受け継がれる「宝物」として残るだろうか?
手書きの手紙には、それらを書いて送るために払われた時間と労力から生まれた、特別な永久の魔法がある。
カカの家族への愛は、彼が孫に送った絵手紙を通して生き続けている。

 媒体はメッセージか。
 ヘンリー・ソーンヒルの手紙を読むと、彼の時代から手紙を書くことがどれほど変わったかが分かる。
カカの手紙の一つ一つが美術品だ。
それらを、今日の多くの個人的通信手段と、比較してみてほしい。
 カカの手紙とはがきは、手書きで慎重に書かれ、大事に保管されているのに対し、今日のメッセージは、キーボード上ですぐに作成され、スクリーン上で読まれ、すぐに削除される。
さらに、書く頻度を考えてほしい。
20年以上に渡り書かれた、カカの1,200通の手紙は、イラスト入り通信の世界で最も大きなコレクションである。
平均的なアメリカ人ティーンエイジャーは、毎月2,700以上の携帯メールを送受信する。
物が溢れると、その価値は下がる。
それぞれのメッセージにそれほど価値はない。
 カカが孫にメモを書くのを想像してみてほしい。
  テディ、坊や、とても会いたいよ。また会おうね。
 来週時間あるかな?あまり忙しくなければいいなぁ。
 乾杯、カカ。
 今度は、あるアメリカ人のティーンエイジャー、ジョイが、携帯メールを友達に急いで書き上げの想像してみてほしい。
  やあ、兄弟、会いたいな。来週大丈夫?忙しい?了解。
 おそらく、カカとジョイのメモに違いはない。
内容は同じである。
はたしてそれだけのことだろうか。
 50年前、マーシャル・マクルーハンは、「媒体はメッセージである。」と断言した。
彼は、メッセージを送る形式が、それを知覚する方法を決定すると言ったのだ。
カカの手紙を携帯メールと比べると、マクルーハンの理論は確かめられる。
親指によって携帯電話のキーボードに打ち込まれたメッセージの内容は、静止した状態でとても慎重に手で書かれたメモの内容と同じかもしれないが、受け取られたメッセージは異なるだろう。
カカの媒体(上質な紙、慎重な手書き、言語音へのこだわり)は、携帯メールが伝えない、まじめさと敬意(のメッセージ)を伝える。
 それは、あなたが送りたい重要なメッセージがあるときによく考えて書くものだ。
または、あなたが本当に心配するだれかに書くものだ。


posted by sakai shinji at 22:09 | Comment(4) | Crown E.C.2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最初のCharles Grimaldi colled his uncle Teddy,who also had letters from Kaka.は、チャールズグリマルディはカカからの手紙を持っているおじのテディに電話をかけた。ではないですか??
Posted by もち at 2015年12月14日 22:13
管理人です。
コメント有難うございます。
おっしゃる通り、「電話をかけた」が良さそうですね。
訂正しておきます。
教えて頂き有難うございました。
Posted by 管理人 at 2015年12月15日 00:01
カカの手紙を携帯メールにたとえるなら、マクルーハンの理論は確かめられる。

たとえるなら→比べること
ではないですか
Posted by こんにちは at 2017年02月17日 13:37
おっしゃる通りですね。
訂正しておきます。
教えて頂きありがとうございました。
Posted by 管理人 at 2017年02月18日 10:56
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